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「吹奏楽のための《エール・マーチ》」について

 2018年2月4日に作曲着手。2019年2月下旬に完成した作品です。最初から朝日作曲賞に応募しようと思って書き始めたというよりは、何となく書いていったらいい感じになったので、それならば朝日に挑戦してみよう、という位の気持ちでした。スコアにも書きましたが、書き始めた時は勤務している中学校の選手激励会で演奏しようと思っていました。曲のタイトルは、激励会で行われるエール交換の様子や、運動部の部活の最中に繰り広げられるエールの様子を思い浮かべながら、曲のほとんどを書き上げた段階で「エール・マーチ」と名付けました。最初につけたタイトルは違っていて、「エンデバー」(努力)でした。当時、私が顧問を勤めていた吹奏楽部の生徒たちが、それはもう頭が下がるほどの努力家の子達だったので、それにちなんで一度名付けたのですが、うーん、何か違う(笑)と思い直し、今のタイトルになりました。2020年はオリンピックが行われるはずの年でしたので、もしもこの曲が課題曲になれば、日本中にエールが溢れているだろうという気持ちもありました。それがまさか、コロナ禍の世間を勇気づけるエールに変わるだなんて、名付けた2019年の段階では全く予想できないことでした。

 この曲は実質1年間かけて作曲しましたが、実はそのほとんどは最初の4日間で書き上げています。最近の私の作曲スタイル(吹奏楽や管弦楽などの大編成の場合は特に)は、最初に3〜4声体で曲を書き上げ、その後にオーケストレーションをするという手順が多く、エールマーチもその手順でした。このやり方には色々なメリットがあります。まず、全体の構成の推敲に無駄が少ないことです。最初からフルスコアで書き始める人(トイズパレードの平山さんや龍潭譚の佐藤さんは最初からフルスコアだと言っていた!すごすぎる!)もいますが、私はワーキングメモリが低めなので、まずは色々書いてみて、消して、また書いて、を繰り返さないと全体が仕上がりません。これは作文に例えると分かりやすいです。最初から頭の中に文章が出来上がっていて、あとは書くだけなら最初から書けばいいのですが、私にはそれができません。4声体なら記録する時間も短くて済むし、消しゴムで消すにしても大譜表の2段を消せばいいだけです。音符に矢印書いて「Cl.Sax.」とか書いておけば音色も記録できるし、段数の多い楽譜を書くときは、もうこの方法以外ないですね。

 4声体で書き始めるメリットは他にもあります。それは何と言っても和声法的に理にかなった曲に仕上がるということ。私は最近は調性音楽しか書いていませんが、元々は無調の音楽を書く人間です。吹田音楽コンクールや東京国際室内楽作曲コンクールで受賞した曲は、いずれもバリバリの無調音楽。東京国際で書いた弦楽四重奏なんて、もはやノイズ音楽です(笑)そんな私がよくもまあ調性の曲なんて書いているものだと、当時を知っている友達はきっと「宮下は魂を売った」と思っていることでしょう(笑)

 ではなぜ、こんな和声的な曲を書いたのかといえば、それは教え子がいるからに他ありません。生徒は毎日のトレーニングで3和音の美しさを追求しています。それを私が教えている訳です。なのに、そのトレーニングが生かされない曲を書くことに一体何の意味があるのか。これは無調を否定するという意味ではありません。中学生という発達段階を踏まえた音楽教育的な観点から、「宮下が書くべき曲」を考えた結果なのです。小さな頃から音楽をやってきた子が多く入部している学校ならばコンクールで現代曲に取り組む意味はあると考えますが、私が勤務していた学校の吹奏楽部では、楽譜が読めずに入部してくる子が全体の半数です。その子たちが入部して2ヶ月後に体育館で運動部の激励会で入退場の演奏をするわけですから、そりゃあ演奏する曲は分かりやすい調性音楽であるべきでしょう。楽譜を読むどころかリズムが取れない子がいる訳です。リズムの取れない子は何度やっても本当に取れないものです。だから、できない子が少しでも「できた!」って思える曲にしたかったんですね。そのためにはオーケストレーションはなるべくシンプルにする必要がありました。つまり、同じ動きをしている人を増やす。後輩が吹けなくても先輩がカバーしてくれるとか、このパートがいなくても別のパートが助けてあげられるとか、みんなで助け合いができる、そういう楽譜にしたかったのです。

 また、現場の声で言えば、中学校の教師って本当に忙しいのです。平日はほとんど部活に行けません。放課後は専門委員会があったり生徒指導があったり。先生がいなくても、生徒同士で教え合ったり一緒に練習したりできる、つまり、同じ動きをしている部分が多い楽譜にする必要がありました。だからああいう楽譜になった訳です。

 とまあ、言い訳じみたことを書き連ねてしまいましたが、それでも全国で多くの吹奏楽ファンの皆様によって拙作を演奏していただけたことは、作曲家冥利に尽きます。演奏してしてくださった皆様、楽曲を楽しんでいただけた皆様、関係者の皆様、ありがとうございました。